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2011年6月

2011年6月10日 (金)

陸前高田市、仙台市視察(5月23日〜24日)

わしの恵子議員団長、山口議員、事務局員、と私4人で岩手、宮城視察にいきました。
朝7時10分発の新幹線に乗り、一関市へ。レンタカーを借りて、陸前高田市へ向かいました。深い山並みを走る間は、のどかな自然の風景に、心が洗われる様でした。P5220014_6
まだ海岸線から8キロ程離れた大船渡線・陸前矢作駅付近から、突如瓦礫が表れ、累々と続く異常な風景に、覚悟はしていたけれど、自然の恐ろしさにしばらく声が出ませんでした。

共同支援センターを目指しましたが、道が分からず、途中プレハブの店が並ぶ、仮説市場で道を聞き、午後2時にやっと辿り着きました。
共同支援センターは市民団体である『市民の声』と共産党が一緒に立ち上げました。
沢山の方が品物を探しにきておられ、ちょうど大阪の党後援会のボランティアもいて、時々関西弁と東北弁が混ざって、素敵な交流の場となっていました。

日本共産党陸前高田市の藤倉議員(団長)、住田町の佐々木議員からお話をうかがいました。

 もともとこの地域は津波が来ていたところで、高台に町があったが、戦前に沿岸部に鉄道ができてから、高台にあった庁舎や文化施設などが平地に移り、それによって住民のみなさんも、海岸に近い平地にも家を建てるようになった。そして町の中心部ができてきたという経過をお聞きしました。

 もちろん鉄道も市役所もほとんど壊滅状態です。自然の脅威というか残酷さを痛感しましたが、今後のまちづくりには、自然災害を重視して、自然と共生するまちづくりが必要だと学びました。

 多くの方々が亡くなられ、共産党の前団長も重税反対統一行動の最中に津波で亡くなられました。また、行政機能も丸ごと流され、一時はコミ二ティーもこわれましたが、避難所を中心に、自主的な助け合いがされるようになりました。
 藤倉団長は、「住民自らが参加しながら、町の復興は時間をかけてしっかり進めていきたい」と語られました。
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前市長の中里さんが顔を出され、戸羽市長さんにもお会いしました。名古屋市の職員が行政支援として、4月下旬から陸前高田市に派遣されており、市長さんからは、「支援は助かっています。また現地を直接見て頂き、今回の経験を自分たちのものとして学んで頂きたい。」ともおっしゃっていました。

上からの復興計画ではなく、住民が主人公の復興を進めようとがんばっている陸前高田市から、私たちは多くを学びたいと思います。

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